ここでは、以下の、英語で書かれた書籍・本を紹介します。 *著者名のアルファベット順。

 

・'Ants and Bumblebees' from "Best European Fiction 2010" Inga Ābele Translated by Lauris Vanags

"The Skylark Will Come"  Jānis Baltvilks  Translated by Rita Laima Berzins

・"The Tower and Other Stories"  Jānis Ezeriņš   Translated by Ilze Gulena

"Life Stories"   Nora Ikstena   Translated by Margita Gailitis   Edited by Vija Kostoff

'Elza Kuga's Old-Age Dementia' from "Best European Fiction 2011"  Nora Ikstena  Translated by Margita Gailitis and Vija Kostoff

"With Dance Shoes in Siberian Snows"  Sandra Kalniete  Translated by Margita Gailītis

"Baltic Facades: Estonia, Latvia and Lithuania since 1945"  Aldis Purs

・"The Golden Horse"  Rainis  Translated by Vilis Inde

'How important Is It to Be Ernest?' from "Best European Fiction 2013"  Gundega Repše  Translated by Margita Gailītis and Vija Kostoff

'Learn To Love the One Who Eats Your Porridge' from "Best European Fiction 2015"  Kristīne Ulberga   Translated by Margita Gailitis   Edited by Vija Kostoff 

・'The Major and the Candy' from "Best European Fiction 2016"  Māra Zālīte   Translated by Margita Gailitis   Edited by Vija Kostoff 'Dirty Laundry' from "Best European Fiction 2014"  Inga Zholude  Translated by Margita Gailitis and Vija Kostoff  

 

'Ants and Bumblebees' from "Best European Fiction 2010"

Inga Ābele
Translated by Lauris Vanags
Dalkey Archive Press
劇作家としても活躍するInga Ābeleの短編です。
あらすじ
「夏のある日、主人公Martaは父と墓参りに車でヴェンツピルスへと向かう。途中、おばのところ弟Francisksをひろい、墓地を訪れる。終始、不機嫌な父、思春期を迎えた弟、今は亡き母。そしてMartaは、自身の内面と向き合う。」
この作品は読者に多くの謎を残します。なぜ、父、Marta、Francisksの三人は別々に暮らしているか。この三人は今、どんな生活を送っているのか。なぜ、墓参りの場面で母の墓が出てこないのか(二人のおじの墓は出てくるにもかかわらず)。すべてが曖昧なまま物語だけが進行するので、読後にそこそこの消化不良を起こしてしまいます。
ですが、繰り返し読むと、あちこちに「死」のイメージがちりばめられていることに気づきます。その視点から読むと、この作品のひとつの解釈が見えてくるような気がします。そこには、殺伐とした、孤独と死の世界が…。

 

"The Skylark Will Come"  

Jānis Baltvilks  

Translated by Rita Laima Berzins

Blackberry Books  

詩人Jānis Baltvilksの1990年〜2002年までの詩集。Baltvilksは児童書作家としても有名。また、鳥類学者としても活躍しました。

日本のように四季があり、手つかずの美しい自然が残るラトビア。その豊かさが多くの詩人にインスピレーションを与えているはずです。

でも、Baltvilksの詩を読むと、この詩人が本当に身近なもの、日常的なものから、インスピレーションを得ているのがよくわかります。ありふれた、平凡な景色からこんなことを感じるんだ、こんな見方があるんだと思わずにいられません。
余談ですが、この人が短編作家なら、ミニマリズムの作品を書きそうだなあと思いました。そういえば、風貌もどこかヘミングウェイに似ているような…。
 
"The Tower and Other Stories"  
Jānis Ezeriņš  
Translated by Ilze Gulena
Central European University Press
33歳の若さで夭折したヤーニス・エゼリンシュ(1891-1924)の短編集。
日本とは異なり、詩が文学界で主要な地位を占めるラトビア。そんなラトビアで短編が人気を集めたのは、第一次世界大戦後の独立期、20年代前半だったようです。
詩が少ない言葉でメッセージを伝えるように、エゼリンシュの短編はそれぞれが寓意に満ちた作品です。
タイトルにもなっているThe Tower(ラトビア語ではTornis)という短編は、エゼリンシュが影響を受けたエドガー・アラン・ポーの短編「アッシャー家の崩壊」を想起させます。エゼリンシュの塔(タワー)とポーのアッシャー家という館。物理的な建造物がとても象徴的な役割を果たしています。
エゼリンシュは弱者を弱者のまま描きます。ですが同時に、優しい光でその弱者を包み込みます。それは、他国家・他民族に虐げられてきた自分たちラトビア人に対する、エゼリンシュの想いと無縁ではないでしょう。
 
"Life Stories"
Nora Ikstena
Translated by Margita Gailitis
Edited by Vija Kostoff
Guernica
八つの短編が収められた、ラトビアの人気作家Nora Ikstenaの短編集です。
彼女の作品を読むと、死のイメージが全体を覆っていることに気づきます。主人公のlife(生活)にまとわりつく死。主人公のlife(人生)をのみ込む死。死はいろいろな形をしながら、わたしたちのすぐ近くにあるのだと改めて認識させられます。死は生の対極ではなく、生が内包しているのだと語っているようです。彼女の短編の多くが秋や冬を舞台にしていることも上記と無関係ではないでしょう。春が生命の誕生を表す一方、冬はその終わりを表します。
また、彼女は同じ表現を繰り返し用います。本書のほぼすべての短編にその特徴が見られますので、ぜひその意味を考えてみてください。
彼女は作品以外でもラトビア文学界の発展に大きな貢献をしています。The Latvian Literature Center(LLC)やヴェンツピルスにあるThe International Writers and Translators Houseは、彼女のイニシアチブによって設立されました。
 
'Elza Kuga's Old-Age Dementia' from "Best European Fiction 2011"  
Nora Ikstena  
Translated by Margita Gailitis and Vija Kostoff  
Dalkey Archive Press
ラトビアの人気作家で、多くの受賞歴をもつNora Ikstenaの短編。
あらすじ
「冬の気配が漂う晩秋、認知症のElzaは、黒人女性Nabucoに車イスを押してもらい、ニューヨークのGreenwich Villageを散歩する。作中、彼女の脳裏に浮かぶ両親や恋人との思い出が断片的に語られる。」
変わりゆくものと、変わらないものの対比がうまく描かれています。消えゆく記憶、衰えゆく肉体を意識するがゆえに、変わらないものへの思いが強くなります。繰り返しあらわれる「○ is ○ is ○」という表現は、ガートルード・スタインの有名な詩の一節「A rose is a rose is a rose」が元になっているのでしょう。確固たる事実、不変のものへの強い意識が感じられます。
Elzaは、思い出の象徴であるyellow flowerを本にとじます。思い出自体を永久に保存しようとするかのような行為にせつなさを感じます。
 
"With Dance Shoes in Siberian Snows" 
Sandra Kalniete 
Translated by Margita Gailitis
Dalkey Archive Press
ラトビアの独立回復運動に従事し、その後、外務大臣まで務めたサンドラ・カルニエテ(2014年現在、欧州議会議員)の自伝的作品。
本書は、ラトビア人(民族)にとって忘れられない過去であるシベリア追放を扱っています。1941年と1949年に多くのラトビア人が、スターリン体制下のソ連によって、強制的にシベリアへと追放、過酷を極める生活を余儀なくされました(1941年:1.5万人、1949年:4.5万人)。サンドラ・カルニエテの祖父母や両親もシベリアへと追放され、彼女自身はシベリアで生まれました。本書は、三代にわたる彼女の一家が辿ることになった運命を、独立回復後に公開された資料や取材などをもとに描いています。
ややもすると、私たちは犠牲者や被害者の全体的な人数だけで、その出来事を判断してしまいがちです。しかし、一人(一家)の視点からその出来事を眺めると、統計からは感じられない現実感が生まれ、本当の残酷さが伝わってくる気がします。
ラトビア人の民族史に大きな影を落とすシベリア追放。20世紀の悲劇のひとつであるこの出来事を直視することは、現在のラトビアを知るうえで避けることができない道だと思います。
なお、本書には訳書もあります。2014年に黒沢歩さん訳で出版されました(『ダンスシューズで雪のシベリアへ』新評論)。
 
"Baltic Facades: Estonia, Latvia and Lithuania since 1945"  
Aldis Purs  
Reaktion Books
ラトビア史の専門家Aldis Pursのややアカデミックなバルト三国論。タイトルにある通り、主に1945年以降の三国を、政治・経済・社会の視点から考察しています。
キーワードは「アイデンティティ」。バルト三国としてのアイデンティティ。さらには、エストニア・ラトビア・リトアニアそれぞれの国のアイデンティティ。読者はバルト三国の現代史を背景に、三国の本当の姿を捉えることができます。
バルト三国を論じるとき、ややもすると歴史の叙述だけになってしまいがちですが、本書はそのようなことはありません。また、日本語で読める本には、現代史に絞ったものがほぼ皆無なので、個人的には本書はとてもおすすめです。
本書に、ソ連崩壊後におけるバルト三国の通貨をめぐる話が語られています。当時、西側の専門家たちは、国際競争力をもたない三国に対して、すでに市場を確立し、資源も手に入れられるルーブル経済圏にとどまるようにアドバイスを送っていたとのこと。しかし三国はそのアドバイスには従わず、第一次世界大戦後の独立期に導入した通貨を復活させました。結果的にこの選択は成功しましたが、三国の独立に対する熱い思いが伝わってきます。
 
"The Golden Horse" 
Rainis 
Translated by Vilis Inde
inde/jacobs publishing
Rainisは19世紀から20世紀にかけて、詩人、劇作家、翻訳家、政治家として活躍。ラトビアの独立に多大な影響を与えた国民的英雄として、現在でも高く評価されています。本書は、1909年の作品"Zelta zirgs"の翻訳です。
ラトビア人は19世紀後半から民族的アイデンティティを意識し始めます。その後、彼らは、当局の度重なる弾圧に屈することなく、サンクトペテルブルクでの「血の日曜日事件」(1905年)に端を発したラトビア革命や第一次世界大戦、そして大戦後の混乱期を経て、念願の独立国家として歩み始めます。
Rainisは、上述の独立に至る過程において先導者として、または本書の言葉を借りるならspiritual leaderとして、ラトビア史に大きくその名を残しました。
そんなRainisが著した脚本が本書です。そのあらすじは、特に裕福ではない農家の青年が、さまざまな困難を乗り越えて、7年間も眠り続けるプリンセスを目覚めさせ、そして2人は結ばれる、というものです。このあらすじからわかるように、この作品はまず子ども向けという一面をもっています。質素で誠実、社会的身分も高くなく、自己犠牲も厭わない一人の青年が主人公。これだけでも、典型的な子ども向けの話を想像してしまいそうです。しかし、もちろん、この作品はその枠にすっぽりと収まるものではありません。むしろ大きくはみ出しているところにこそ、今でもラトビア人の胸を打つ要素があるのでしょう。つまり本書は、ラトビア人が目指すものは独立しかないのだ、他に道はないのだと高らかに宣言した書なのです。
この作品は、政治・社会と密接な関連をもっていますので、それが書かれた時代など、その背景を知ることは、とても重要です。本書には作品だけでなく、しっかりとしたラトビア史とRainisの伝記も載っていますので、作品を深く理解するための参考にしてください。
 
'How important Is It to Be Ernest?' from "Best European Fiction 2013"  
Gundega Repše  
Translated by Margita Gailitis and Vija Kostoff  
Dalkey Archive Press
現代ラトビア文学を代表する作家の一人Gundega Repšeの短編です。
あらすじ
「妻との別居をしぶしぶ受け入れ、森のキャビン(小屋)で一人で暮らすErnest。妻から言われ続けた"You're not thinking straight."という言葉を思い出しながら妻の帰りを待つErnestの元に、彼と同じように一人ぼっちの犬が現れる。その犬をキャビンに招き入れたErnestは、何かが変わったことを実感する。そして、ついに、妻が彼のもとに…。」
作中、Ernestの妻に対する愛憎が語られますが、それが些細なものであるがゆえに、その深さが読み取れます。作品のキーはErnestの元に現れる「犬」。この犬を最初に見たときにErnestが思い出した話が作品のラストとリンクしています。ラストを楽しみにして、読み進めてください。人間の心の奥深くにある闇が垣間見える作品です。
 
'Learn To Love the One Who Eats Your Porridge' from "Best European Fiction 2015"
Kristīne Ulberga
Translated by Margita Gailitis
Edited by Vija Kostoff
Dalkey Archive Press
デビュー後、ティーンエイジャーから大きな支持を得たKristīne Ulberga。本作品は、彼女が大人向けに書いた初長編"The Green Crow"からの抜粋です。
あらすじ
「精神病院で暮らす主人公(女性)が、幼いときに自身が精神を病んだいきさつを語る。当時、誰からも愛情を注がれない彼女は、自分だけの空想の世界をつくりあげる。だが、ほんのささいな出来事をきっかけに彼女の精神のバランスが崩れ始め、同時に彼女の空想の世界にも変化が…。」
この作品では二つの世界が語られます。いわゆる現実世界と、主人公が作り上げた空想の世界です。後者は、愛情や温かさを求める彼女にとって不可欠の世界であり、精神的な崩壊を食い止める防波堤の役割を果たしています。結果的にこの二つの世界は溶け合いますが、そのときの「時計」の描写に注目してください。それが何を暗示しているのか。考えてみると、おもしろいと思います。
また、主人公と同室の3人の患者それぞれの個性がとても際立っています。漫画的で喜劇的な彼女たちのキャラクター設定がこの作品に深みを与えているのでしょう。
先述の通り、長編小説からの抜粋ですが、短編としても十分に成立しています。むしろ、最後の切り方(終わらせ方)は短編ならでは、と言ってもいいのではないでしょうか。
 
'The Major and the Candy' from "Best European Fiction 2016"
Māra Zālīte
Translated by Margita Gailitis
Edited by Vija Kostoff
Dalkey Archive Press
著者のMāra Zālīteは、ソ連によってシベリアに追放されたラトビア人家庭のもとに、自身もシベリアにて生まれました。小説のみならず、詩人、劇作家、作詞家など、多彩な顔をもっています。
あらすじ
「シベリアに追放されていたラトビア人の夫婦(ともに24歳)が子ども(5歳)を連れて、15年の時を経て、故郷ラトビアへ。その車中、偶然にもソ連の少佐と同席することに…。」
この作品には、対立するものが随所に描かれています。例えば、冒頭の歌詞に登場するLauraと実在のLaura、一家が向かうラトビアと一家が離れたシベリア、一家の立場と少佐の立場、大人の視点と子どもの視点、そして、Lauraが作品の最後で感じる現実と非現実の感覚、などなど。そして、このような対立がこの作品にある種の不安定さを与えています。どちらに転ぶかわからない、または、少佐が一家のコンパートメントに入ってきたときにLauraが心の中で思った「何かが起きそう」という期待、そのようなおもしろさがこの作品の魅力です。
なお、タイトルの'major'は、米軍では「少佐」のことですが、ソ連軍ではどの階級を指すのでしょうか。ここでは、米軍と同じく「少佐」と訳しています。
 
'Dirty Laundry' from "Best European Fiction 2014"  
Inga Zholude  
Translated by Margita Gailitis and Vija Kostoff  
Dalkey Archive Press
若手ながらも作品が数カ国語に翻訳されている注目の作家Inga Zholudeの短編。
あらすじ
「アパートに一人で暮らす主人公(女性)。恋人もいない彼女の部屋になぜか男性用の下着や靴下、さらには髪の毛やシェービングクリームまで。自分の不在中に誰かが侵入したのか。疑念を募らせる主人公。姿の見えない男性。果たしてその正体は。」
短編映画のような作品です。頭の中に映像が浮かんできます。
英語で読むと気がつきにくいかもしれませんが、作品が現在形で書かれていることに注目してください。この作品を過去形で書くと、「こわさ」がなくなります。